心でふれる、ということ。

AZkUpy4EcMQfqMSFq8akBANhQV7S普段私は、さまざまな高齢者施設にて、音楽療法を行っています。

お元気な方から、認知症の方、病気の方、終末期の方まで、みなさんの人生の最終章に、音楽と共に寄り添わせていただいています。

その中で、日々さまざまなドラマに出会い、たくさんの想いを巡らせているのですが、これからはそんな想いを少しづつ書いてみようかな、とおもっています。

書くことに慣れていないので、読みづらいことも多々あるかと思いますが、どうぞお許しください。書くことで、いっぱいになったこの胸の想いを、少しづつ整理してゆけたらな、と思っています。よろしれけばおつきあいください☺️

 

人は魂の世界から、一人でやってきて、母の胎内に受肉し産まれ、

いろんな人と出会い、いろんな経験をしながら大人になって、、

そしてまた、木々が紅葉し大地に落ちてゆくように、

元いた魂の世界へと、ひとり旅立ってゆきます。

 

ではどうして、私たちは生まれてくるのでしょうか。

 

それはきっと、

ほんとうの幸せを求めて、

あらがうことのできない、強い願いをもって、

勇敢にも生まれてくるのだと思うのです。

 

自分の心はなかなか見えない。

人や自然という他者とふれあうことで、合わせ鏡のように、自分の心を発見してゆく。。

傷つけたり、傷ついたり、愛したり、愛されたり、、

泣いたり、笑いあったり、怒ったり、許しあったり、救われたり、、

一歩一歩、

ほんとうの幸せへと、歩みを進めているのではないでしょうか。

 

そんないのちの営みの中、

愛し合うこと、慈しみ合うこと、

ほど、私たちの心をなぐさめ、あたためてくれることはないでしょう。

 

私の音楽療法の時間には、できるかぎり対象者の方々にふれること、を大切にしています。

心からふれること。

心から歌いかけること。

心から音を奏でること。

それは、触れられる人の、いのちの元へと届くのです。

耳が聞こえなくても、目がみえなくても、

心を閉ざしていても、

 

心から触れることは、

必ず、必ず、相手の心にふれるのです。

そして、ふれる方、触れられる方、の境界が消えて、

双方の心が、ふわっと、まるでお花が開くように、

あたたかく、やわらかく、開いてゆくのです。。

 

表情がなく、空虚の中にいた方の顔に生気が蘇ったり、

冷え切った心に、あたたかいお湯が注がれるように、

愛の奇跡が、立ち現れてきます。

 

みなさんも、愛するひとに、そっと、

こころから、

触れてみてください。

触れられるのに慣れていないひとには、声や心で、

手のとどかないときは、心の手で、

あなたのそのあたたかなこころから、

触手を伸ばして、

愛するひとのいのちに触れてみてください。

 

そしてそして、大切なあなた自身の胸を、心を、

あいを込めて、抱きしめてみてください。

 

そして起こることは、、

 

この世界の、もっとも美しい奇跡です💖

 

このいのちは有限です。

どうぞ、ときを無駄にしないで、

 

あいしあってください。

そして、あなた自身を、愛してください。

敬愛してやまない、福沢もろさんの「HOLY NIGHT」✨

もろさんの歌声が、

あなたの心をあたためてくれることを願って…

 

あいとともに、

ミセラ⭐︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だちあかん〜祖父へのオマージュ

拝啓、宗太郎おじいちゃんへ、

天国で、お元気ですか?

おばあちゃんと仲良くしていますか?

いつも私たちを見守っていてくださり、ありがとう。

私は、ちゃんと生きられていますか?

おじいちゃんを笑顔にできる生き方をしているでしょうか?

5月になると、いつもおじいちゃんを思い出します。

今夜は、おじいちゃんの故郷の石川のお酒を飲みながら、

おじいちゃんへの追悼詩集《だちあかん》を読みながら泣いています。

おじいちゃんのおもかげ、みんなのおじいちゃんへの愛がいっぱいにつまった詩集。

 

一生懸命に絵を描いた人

一生懸命に妻を看病した人

一生懸命に生きた人

繊細で優しく、風来坊で、熱血で、最後まで創作意欲を失わなかった万年青年

 

もっと一緒にいたかったな。

もっとたくさん思い出をつくりたかった。

人の命に永遠はない。

いつかはみんな一人で旅立ってゆく。

おじいちゃんの残してくれた心を、

私のうちに、大切に、

残された命を、大切に生きてゆきます。

おじいちゃん、大好き。

ありがとう。

みちこ

 

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人の死は宇宙への回帰である

微粒子となって広大な自然の中に

溶けこむことだ

人間のなまぐさい俗念や

卑しくあわれな肉体から開放されて

永遠に光の中に溶けこむことだ

輝ける微粒子

燦々とふりそそぐ光

さわやかにふく風

その中にきっと兄はいる

(追悼詩集、だちあかんより、
祖父の弟、画家森本仁平さんの詩)

 

 

 

 

清涼寺の三千礼拝

15403225_1281350448554285_932735921_n-112/6〜8まで、嵯峨釈迦堂、清涼寺の「仏名会三千拝」に参加してきました。

✴仏名会とは、年末に(お釈迦様がお悟りを開かれた12/8頃)仏さまの名をとなえて、さまざまな罪や 知らず知らずのうちに作ってしまった罪などを懺悔 し、身も心もきれいに なるよう祈念する法要のこと。

昨年、夢でメッセージをいただき何もわからず参加させていただいたのが始まり、今年も無事させていただくことができました。(途中、音楽療法のお仕事で抜けたので今年は2400拝でした)

ただただ、阿弥陀様のお名前をお呼びしながら合掌して立ち上がり、そして膝をついて頭を垂れる、その動きを繰り返してゆくうちに、走馬灯のようにいろんな出来事や、人々の顔が浮かんできます。

両親、家族、その先のご先祖さま、そして友人、その家族、、ひとりひとりの生命存在をいとおしむような気持ちで、心を込めて声を出してゆきます。

懺悔の気持ち、感謝の気持ちがわきあがってきたり、涙があふえてきたり・・・

生まれたころから、育ってゆく過程、両親や周りの人々からたくさんの愛を受けて育まれてきたこと・・・

自分がおかしてしまった過ち、人を傷つけて傷つけられてきたこと、ひとつひとつの出来事が祈りとともに、大きな慈愛の中へ昇華してゆきます。。

お釈迦様の生身を写したといわれている清涼寺のお釈迦様は、ただただそのこにいて、私たちの心の中で起こる一部始終を、大いなる慈愛をもって見守っていてくださいました。

そして、阿弥陀さまのこと、何もわからずお称えしていましたが、ひと音づつひと音づつ心を込めて響かせてゆくうちに、阿弥陀さまとは宇宙そのもの、私たちの源なんだなあと、体で心で少しわかってきました。

その名前にまつわる概念ではなく、そのものを感じる、音は、そのものの存在を感じることのできる、最高のツールなんだと再確認しました。

参加者の半数以上を占める僧侶の方々の、腹からまっすぐに広がり響く声や、日本中遠くからも参拝される方々の色とりどりの声が、ひとつに響きとなって、オーケストラのように空間に広がる感動を、何度もなんども体験しました。

足腰は極度の筋肉痛で大変でしたが、心はすっきりぴっかぴか!至福に包まれています。

一年に一度の心の大掃除。
京都にいる間はつづけてゆきたいと思っています。

清涼寺のみなさま、愛のこもった最高のお食事を用意してくださったお手伝いのみなさま、一緒に礼拝してくださったみなさま、

そして、すべての存在へ、

心より感謝します。

ありがとうございました。

合掌。

 

 

 

8月に突入!!

京都では祇園祭りも終わり、梅雨が明けて夏本番!朝から蝉の大合唱!めいいっぱいに生命を生きる音に、生きる活力をいただきます✨

さて今日は八月一日。

お一日には毎月、やりたかったことをスタートさせたり、記念になるようなことをするようにしています。

21日(7×3)、もしくは28日(月の周期)続けると、何か自分自身の変化を実感感できるので、オススメです。

今日はお庭に群生している大量のミントを摘み、同量のお砂糖でミント酵素を仕込みました。

毎日手でかき混ぜると、手に住む菌達がミントの酵素を引き出してくれます。

しゅわしゅわっとしたら完成。お水やソーダで割ると、ほてった体に爽風が駈けぬけるように爽やかでとっても美味しいんです♪

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そして、心のオアシス「斎宮神社」へ。とても小さなお宮ですが、我が家のように安らいで、辛い時、嬉しい時、いつでも訪れて元気をいただく、私にとってお母さんのような聖地です。

ご神木のクスノキは、いつも温かく迎えてくれ、私の話を聞いてくれます。今日も心の内をすっかりと聞いてもらってすっきりリフレッシュ♪( ´▽`)いつもありがとうございます💖

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その後、9月30日にあるイベントの打ち合わせに、蹴上の国際交流会館の別館へ。

休館日で中は見られませんでしたが、木々に包まれた和風建築で、かなり気持ちよい〜

そこで私は、声のワークを担当する予定です。木々や風を感じながらの畳のお部屋でのワーク、最高に気持ちよいこと間違いなしです!

詳細は追ってお知らせしますね。とりあえず、9/30のご予定は開けておいてくださいね!

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打ち合わせに入った茶屋のお庭の大黒さま

読んでくださっているあなたの顔にも、笑みが浮かんでいますように☆彡

笑う門には福来る❣️

ミセラ☆

パーソナルソング♪

ご無沙汰しております!ミセラは元気でっす!

日々、音を通してたくさんの方々と交流し、いっぱいの感動や発見にあふれた、充実した毎日を送っています♪

そんな音生活の中で気づいたことなど、少しづつここに記録しておきたいと思います。

 

今日は、すべての人の心の中にある『パーソナルソング』について。

二年半前より関わらせていただいている高齢者施設での音楽療法でのお話です。

こちらでは毎週、いくつか施設より選出したクライアントさんによるグループセッションを行った後、月に数回、寝たきりや移動が困難な方のお部屋を訪れて、個人セッションを行っています。

そのほとんどの方が言葉でのコミュニケーションが取れず、意志表示もほとんどできない状態におられるのですが、歌や音には、とても敏感な反応を返してくださいます。

まずは、100歳のおばあちゃんYさん。ほとんどの時間眠っておられ、ベッドサイドから童謡や唱歌を歌いかけてみるものの、ほとんど反応がありません。
そこで、Yさんの故郷の民謡『炭坑節』を三味線で歌ってみると、、、

ぱちんっ!と何かが弾け開いたように、目を見開き意識ははっきりとして、瞳からは涙があふれ、泣いているのが笑っているのか、顔をしわくちゃにして声をあげられたのです。

そこからYさんの人生が走馬灯のように蘇ってきたかのような、いろんな情景がYさんの中からあふれでてきました。

目は輝き、お顔にはなんともいえない歓喜の表情が、温たかさととともによみがえってきたのです。

私はただ、Yさんの人生の濃密さに、深さに圧倒され、感動の中で歌い続けていました。。

故郷の民謡、『炭坑節』によって、他のどんな歌でも開かなかったYさんの心の扉が開いたのです。

幼き頃より、故郷の村か街で、家族や人々が歌い踊るのを何度となく聞いておられたのでしょう。

この曲をとおして、たくさんの大切な思い出をお持ちなのでしょう。。

それから彼女のお部屋を訪れる時は、必ず『炭坑節』を歌いました。満ち足りた表情でうなずかれたり、調子のよい時には手拍子をされることもありました。

そうして、この歌の中で微笑みあい、心をひとつにする時間をしばらく過ごした後、Yさんは安らかに旅立ってゆかれました。

 

また、94歳のおじいちゃんTさんは、訪れる家族もおられず、孤独のためかいつも何かを口に入れてしがんでおられました。

彼には『竹田の子守歌』始め、昔聞かれたであろう子守唄をやさしく歌い掛けると、いつも安心してすーっと眠りにつかれました。

母の愛に包まれて、安心して眠る子のように。。

どんな状態にあっても、そこに生命があるかぎり、心に届く歌がある。

私はそんな確信を得ました。

 

パーソナルソング、その歌は、心の扉を開く鍵。

人生の終末期におられる方々へ、おひとりおひとりの心に眠る歌ーパーソナルソングーを見つけ出し、その方の心へと歌いかける人でありたいと思っています。

 

あなたのパーソナルソングはなんですか?

そっとミセラに教えてください。

その歌は、どんな薬よりも有効な時があるかもしれませんよ。

 

あなたのパーソナルソングが、いつもあなたの心を温めていますように。。☆

 

Misera☆

 

 

 

 

 

 

 

 

エネルギーチャージ完了☆

先日、自分へのお誕生日プレゼントに、
大好きな貴船〜鞍馬山へお友達と行ってきました。

image温かい陽気の中、アクシデントあり、楽しい出会いあり、そしてなにより、自分の中のソースと、再び繋がり直すことのできた、祝福の1日でした。

そうして帰宅したら、母からのお祝いの美しいお料理達が迎えてくれました✨

いただいた良きものを、自分の持てる最大限で、みなさんへ還元し循環してゆきたいと思います。

月のように 美しく✨
太陽のように あたたかく✨
大地のように 力つよく✨

尊天にてまします✨✨✨

鞍馬寺の教えです☆

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